戦国山城を歩く
丹波市島、竹田川西岸に築かれた連郭式の山城─友政城址


友政(とんまさ)城は別名日裏城とも呼ばれ、市島町の東方に聳える高谷山から北西に伸びる尾根先に位置する南北に長い山城だ。西方の直下を竹田川が南北に流れ、その西岸を氷上郡より塩津峠を越えて天田郡へと通じる街道を押さえる格好の場所に位置している。先日(3月29日)、市島西方に位置する余田城砦群を攻めたときの帰りに寄ろうとしたが、何故か?城址にたどり着くことができず、狐に摘まれたような気分で撤退したところだ。今回は呆気なく 「友政(とんまさ)」の標識を発見、先日、迷って諦めたのが嘘のようにあっさりと登り口にたどり着けた。
登り口一帯は「友政城山の里」として整備され、おりから桜が満開である。見事に咲いた桜の木の傍らには城址案内板、 駐車場の一角に公園案内板などが立てられていて広い山道が城址へと伸びている。城址は尾根筋に曲輪を階段状に連ねた 連郭式で、尾根先の曲輪群と山上の主曲輪群、主曲輪東方尾根の曲輪群とに三分される。
主郭の案内板の説明によれば、戦国時代末期の天正のはじめ(1570年代なかば)に吉松石見守によって築かれたという。 そして、吉松石見守の家老三谷友政が城主となり、天正五年(1578)十二月、明智光秀の部将明智光春の攻撃によって 落城したという。とはいうものの、中世の市島東部一帯を支配した吉見氏が本城とした鹿集城の北方に位置することから、 友政城は鹿集城の北の備えとして築かれ、 吉松石見守は吉見氏の誤伝であろうか?とも思われる。

・西方より城址を遠望、東西に長い!


おりから満開の桜  西尾根曲輪群西端曲輪  西尾根曲輪群東端の土塁  尾根筋曲輪と堀切  主郭方向を見る

余田谷・五台山方面を遠望  主曲輪群へ  主曲輪群虎口  曲輪が段状に連なる  西腰曲輪から主郭を見る

尾根先の曲輪群は山道の造成時に一部破壊されているが、曲輪を隔てる切岸もよく残り、堀切・土塁なども確認できる。尾根筋を道なりに登っていくと、主曲輪群西端曲輪の虎口に至る。そこから、きれいに削平された曲輪が連なり、主郭部をまくように帯曲輪、 そこから南方尾根にも曲輪が連なっている。四〜五メートルはあろうかと思われる主郭切岸を登ると主郭部の虎口、 そして、東西に長い主郭曲輪に登りつく。
主郭は分譲住宅が四戸ほど建てられる広さで、高谷山を背にして南・西・北方面が一望である。黒井城をはじめ、 南の鹿集城、西方の余田城などとの相互連絡の拠点となる城であったことが実感される立地のよさである。 主郭の東端の土塁を越えるとそのまま大堀切で、小曲輪・小堀切を越えて東尾根曲輪へと続く。東尾根曲輪の東端は 山麓から登ってくる道が片堀切となり、そのまま堀切道を呈して高谷山方面へと続いている。


帯曲輪切岸と南尾根曲輪  主郭から南方向を眺望  主郭から高谷山を遠望  主郭東端の土塁  主郭から北帯曲輪を見る

主郭東切岸と大堀切  東尾根曲輪堀切  若葉が優しい東曲輪  東曲輪のマウンド状地形  城域東端を区画する堀切


……………
高谷山へと伸びる山道と平行する尾根も曲輪のように見えたが、自然状態のままであり城址の一部であろうか否かは判断に苦しむところであった。おそらく、西方尾根先曲輪より東曲輪東端の片堀切までが友政城の城域であろうと思われた。しかし、「市島町遺跡地図」によれば高谷山一帯も山城として記されており、高谷山に続く尾根筋にも遺構が存在しているものと想像される。
東尾根曲輪東端の堀切を下っていくと、山麓あたりに往時の居館址と思われる平坦地が広がっていた。山城に登ったときに毎度悩まされる山麓の地形で、山田もしくは畑の址ということが多いのだが、山上の城址との位置関係や東方すぐにある溜池などから推して平時の館址か兵站基地であったように思えるところであった。
友政城は遺構の残存状態も良好で、とくに主曲輪部は、西の腰曲輪群、主郭の切り立った切岸と三方を取り巻く帯曲輪、そして東の大堀切など見るべきところが多い。また、公園として手入れもされていることから探索も容易である。猛者の方なら高谷山まで縦走して、そこから鹿集城方面へと踏破するのも一興ではなかろうかと思われた。
・登山口の城址案内板に描かれた概略図、着到櫓という表現が新鮮!




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