戦国山城を歩く
我が国最大級、近江守護佐々木六角氏の居城─観音寺城


近江国は鎌倉時代より戦国時代の末期まで、佐々木六角氏が守護職に任じ、興亡はあったもののよく乱世を生きた。近江六角氏が居城としたのが、近江国の中央に位置する繖山の山上に残る観音寺城址であった。観音寺城址は我が国の五大山城の一つに数えられる一大山城で、すぐ北西には安土城があり、安土城に先駆けた総石垣づくりの城として知られている。城址のある繖山の北方には琵琶湖が広がり、山麓には美濃から京に通じる東山道、伊勢へ抜ける八風街道が通る要衝の地を押えていた。守護職、戦国大名として近江を押さえ、 幕府とも関係の深かった六角氏にまことに相応しいものであった。
観音寺城が歴史にあらわれるのは南北朝時代のことで、遠く奥州から攻め上ってきた北畠顕家軍を佐々木六角氏頼が観音寺城に籠って阻止しようとしたときである。以後、六角氏は応仁の乱における京極氏との抗争、戦国時代はじめの浅井氏との抗争を繰り返しつつ、観音寺城をいまに残る山城に整備していった。そして、永禄十二年(1568)、足利義昭を奉じて上洛してきた織田信長に抵抗、 観音寺城は織田軍の攻撃を受けて落城、六角氏は没落した。
その後、天下人への道を駆け登った信長は、安土に新たに城を築いた。そのとき、安土城の建築材として観音寺城の遺構が利用されて、城址は破壊されてしまったとされたいた。ところが、昭和の発掘調査により、山上の本丸を中心として100以上を数える曲輪群が発見され、同時に見事な石垣遺構も検出された。隣り合わせにある安土城との関係、佐々木六角氏の系譜に関する疑問などと併せて、 観音寺城の遺構は歴史の謎を秘めている。
・安土文芸の郷より観音寺城址を遠望する (2007_0502)


川並道より
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伝布施淡路丸の石垣 ・ 伝目賀田曲輪の切岸と井戸址 ・ お茶子地蔵 ・ 大土塁への登り口 ・ 大土塁上の石垣 ・ 権現見付の石垣


閼伽(あか)坂道より
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閼伽(あか)坂道の石段 ・ 閼伽(あか)坂見付の石垣 ・ 観音正寺へ ・ 庫裏に据えられた目結紋 ・ 本堂左手の石垣より本丸へ ・ 本丸への石段


本丸の土塁 ・ 本丸北方の喰い違い虎口 ・ 清水を湛える大夫井戸址 ・ 本丸後方土塁の石垣 ・本丸の貯蔵庫址? ・ 土塁越しに本丸を振り返る


観音寺城への登り道は東方の五個荘町から登る川並道、南山麓にあった居館址方面から登る閼伽(あか)坂道、そして西方にある桑実寺から通じる薬師口道などがある。大手は閼伽(あか)坂道で、いまも中腹にある観音正寺に参拝する人々の巡礼道になっている。城址は広大なだけに一度の訪問ですべてを探索することは不可能というしかない。播磨屋の場合、大手寺山麓にある居館界隈を訪ね、ついで川並道方面より二度の訪問、そして大手の閼伽(あか)坂道より本丸から平井丸・池田丸を訪ねた。しかし、それでも山上に残る大土塁、 三国の間などはジックリと見るには至っていないのである。
城址はさすがに一国の守護を世襲し、戦国大名への変貌をとげた六角氏の居城だけに、総石垣の曲輪群には圧倒される。しかし、全体の印象として家臣団の住居を山上に築き上げた、いわゆる分譲地のようなイメージで、戦国山城としてはやや大味の感は否めない。とはいえ、その壮大な規模、遺構の保存状態の良さは、 中世城郭の醍醐味を十二分に堪能させてくれること請け合いだ。



伝平井丸、広い! ・ 平井丸の平入り虎口 ・ 平井丸の埋み門 ・ 随所に石垣、石段 ・ 落合屋敷の区画 ・ 池田丸へ


池田丸の石垣群(左2点) ・ 往時のままの石段道 ・ 落合屋敷の土塁 ・ 宮津口見付の大石垣 ・ 本丸下の曲輪


大きな竪堀 ・ 本丸北東の曲輪群…二段の石垣 /土塁上から曲輪を見る /見事な土塁 /虎口か? ・  観音正寺より近江平野を眺望塚


……………
観音寺城の西方に鎮座する沙沙貴神社は、佐々木六角氏をはじめとした近江源氏佐々木氏の氏神として知られた神社である。また、大手にあたる石寺では信長に先駆けて楽市が開かれたことで知られるところだ。川並道の登り口にあたる五個荘町は近江商人を輩出した町であり、城址に残る観音正寺は聖徳太子にゆかりの観音三十三ヶ所参りの三十二番札所となっている名刹だ。文字通り、 観音寺城界隈は近江国のさまざまな歴史や文物が集約されたところといっても過言ではない。
来年に放送されるNHKの大河ドラマは、佐々木京極氏の被官から下剋上で江北の戦国大名にのし上がった浅井長政の娘「江(小督)」が 主人公になるという。浅井氏は六角氏と鋭く対立して興亡を重ねたが、ついには信長と結んで六角氏を没落に追い込んだ。さて、来年のドラマではどのように観音寺城が登場するのであろうか。城址に登って、 「龍馬伝」の後を受ける近江を舞台とする大河ドラマがどのように展開されるのか想像するのも一興ではなかろうか。


[ 六角氏 ]



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