葛西氏
三つ柏
(桓武平氏良文流)


 葛西氏の家紋は「三つ柏」としてよく知られている。古代、柏の柔らかく弾力があり、その適度な大きさから、食物を盛る器として用いられた。そして、神に供物を捧げる際の器としても使用された。このことから、やがて柏は神社の紋となり、神事に奉仕する神官や有力氏子などが家紋として用いるようになった。いまでも、「柏手を打つ」ということばが使われ、神意を呼び覚ますことをいう。
 葛西氏の家紋について『奥州葛西実記』に、次のようなことが書いてある。要約すれば「関東下総国住人葛西三郎記清重は、頼朝公から奥州五郡を賜り、牡鹿郡石巻へ着いた。ここで入国祝宴の最中、空より三葉の柏が舞い下り、清重の盃に映った。これを瑞祥として家紋に三つ柏を定めた」と。加えて、葛西氏の三つ柏の場合、先端に月星を配しているのが特徴である。
 また、一関中尊寺の文明年間(1469〜87)に納められた葛西氏の西国巡礼願の納札には、細い葉の三つ柏が見られる。葛西氏が文治五年(1189)陸奥入部のときに、家紋が決まったということは、単なる口伝としても、葛西氏が「三つ柏」紋を古くから用いたことは疑いない。さらに柏は、当時奥州各地に繁茂し、また、神葉として多くの神社で用いられた。葛西氏が関東から陸奥に入部の記念に柏紋を用いたことは、神聖な植物であり瑞祥を記念する意味も含め、きわめて自然な選択であったといえよう。
 葛西氏の一族、一門はこぞって「三つ柏」を家紋として用いた。また、戦功などにより、葛西氏から三つ柏紋を下賜され名誉の紋として自家の家紋とした武将も多い。いまも、旧家などに伝わる系図などをみると、葛西氏から「三つ柏」を許されたことを誇らしげに書いていることからも、葛西家中において「三つ柏紋」が尊ばれていたことがうかがわれる。

■葛西一族の家紋

●三つ柏    ●丸に三つ柏     ●隅切り角に三つ柏 ●丸に剣柏
●熨斗に三つ柏 ●抱き稲に三つ柏   ●亀甲に三つ柏   ●丸に蔓柏
●丸に一つ柏             ●亀甲に花菱    ●下がり藤
●丸に抱き茗荷 ●丸に隅立て四つ目結 ●丸に柏      ●丸に剣酢漿草





■葛西氏