武家家伝＿木曽氏

木曽氏

九曜/竜胆
(清和源氏義仲流)

　戦国時代の後半期に、天険の要害と豊かな山林資源を背景とする木曽の領主として、小笠原氏、村上氏、諏訪氏と並んで信濃四大将の一人に数えられた木曽氏は清和源氏の流れとされている。
　その系譜について、木曽氏関係の諸記録は六条判官為義の孫、帯刀先生源義賢の次子義仲が、木曽に住んで木曽氏を称するようになったと伝えている。『西筑摩郡誌』では、初代を木曽義仲として二代を義仲の二男義重とし、江戸時代に山村良景が編述した『木曽考』では、義仲を祖としているが、二代は三男の義基としている。双方、微妙な差はあるものの木曽義仲を先祖とすることでは共通している。
　木曽氏の経歴を『西筑摩郡誌』によってたどってみると、天福二年（1233）二代義重は将軍頼経から木曽と仁科を賜り、甲斐にいた弟の四郎義宗を迎えて木曽を譲り、みずからは仁科に移ったのだという。木曽を譲られた義宗は沼田に住んで沼田を称し、兄義重の名乗りにちなんで義茂と改めた。以後、基家、家仲、家教と続き、家村のとき元弘・建武の争乱に際し、足利尊氏に属して軍功を上げ、尊氏から本領の木曽を安堵され、木曽氏中興の祖になったのだと伝えている。
　他方、『木曽殿伝記』によれば、義仲が戦死したとき嫡男の清水冠者義高は鎌倉で殺害され、二男の義重、三男の義基、四男の義宗らは外祖父の上野国の住人藤原家国のもとにかくまわれ、源家三代が将軍の間は沼田と名乗って祖父のもとに蟄居していた。やがて、源家将軍が断絶し京都から摂家将軍頼嗣が迎えられると、義仲より四代の孫基家が取り立てられ、上州と相州に所領を得て世に出る機会を得たのだという。こちらの説は『木曽考』にも取りあげられている。

木曽氏の出自を探る

　木曽氏がみずからの出自を木曽義仲として意識するようになりだしたのは、いつごろのことであろうか。木曽氏の系図を見てみると、名乗りに「家」の字を用いる人物が続き、義仲の子孫を感じさせる「義」の字が使われるようになるのは、初期のころは別として戦国期の義元からである。
　他方、史料上に木曽氏が姿を現すのは、至徳二年（1385）の水無神社と黒沢御嶽神社の棟札に見える「伊与（予）守藤原家信」である。水無と黒沢御嶽の両社を修造する経済力からみて、家信はのちの木曽氏の一族にあたる人物とみて間違いないだろう。そして、家信は藤原を称しており、このころの木曽氏は源氏である木曽義仲の子孫とは意識していなかったことを示している。ついで、正長元年（1428）付の木曽白山神社の棟札があり、それには「当地頭藤原家友」と記されている。
　家信も家友も木曽氏の系図には見えない人物で、いずれも「家」を共通の文字として名乗りに用いていることから近い一族（親子か？）であり、木曽氏とみられる。そして、これらの人々は当時の木曽谷の有力者であったことは疑いない。
　他方、木曽氏が発給した文書で最も古いものは、享徳四年（1455）「左京大夫家賢」が定勝寺の住職に慧厳を任命したものである。ついで康正二年（1456）、家定が定勝寺に与えた判物がある。
　このように室町時代の木曽谷には、名乗りに「家」の字を持つ木曽氏宗家に近いと思われる人物が存在したことが知られるが、いずれも木曽氏における系譜的位置付けは明確ではないのである。これらのことから、南北朝時代以降の木曽氏は諸記録や系図類の多くが語るように、源姓の木曽義仲の末流と単純に考えることには危険が伴うと考えざるをえない。この点について、江戸中期に木曽谷の歴史を著わした山村良景の『木曽考』の記述などをみると、次のような次第が記されている。
　すなわち、義仲七代の孫家村は祖父家仲が沼田氏を称して以来、沼田を名字としていたが、この由緒はかつて義仲の遺子義基・義宗の異母兄弟が義仲滅亡の折に「義宗ノ外祖父上野国沼田伊予守藤原ノ家国ヲ頼テ沼田ニ蟄居」して以来の機縁に基づくものであり、加えて沼田氏は藤原姓の名字であった。さらに、家村は暦応元年（1338）足利尊氏に属して戦功を挙げ、恩賞として木曽谷北半地域の大吉祖荘の宛行を受け、庄官として入部後、木曽谷南半の小木曽荘に地頭領主制を敷いていた真壁氏を圧迫して、木曽全域を掌握するようになったと考えられるのである。
　このことから、南北朝時代、木曽谷北域の大吉祖荘に入部して地盤を築いた藤姓沼田名字の家村は、次第に木曽谷全域に勢威を拡大するにつれて木曽氏を冒称し、やがて源姓木曽義仲の血脈を継承していることを目的にした系譜を、付会して作為するに至ったことを想像させる。

木曽氏の発展

　木曽氏において画期となったのは尊氏に属して活躍したという家村の代で、系図を見ると家村の子らが木曽谷の各地に分出して、木曽谷の土豪である黒川氏、千村氏、馬場氏らの先祖になっている。尊氏に属して度々の戦功をあげた家村は信濃国、近江国などに所領を与えられ、讃岐守にも任官した。そして、木曽に入部した家村は須原に館を構え、妻籠に城を築き、木曽の各所に砦を築き兵を置いたという。そして、各所に配された子供たちが、黒川氏、千村氏、馬場氏らとなったというのである。しかし、それをそのまま史実として受け取るには史料に乏しいといわざるをえない。
　家村ののち、家道・家頼・家親と続き、家親は正中二年（1385）に御嶽神社の若宮を建立し、神領を寄進した。次の親豊は応永七年（1400）に須原と原野の間に道路を造り、同十四年には小丸山城（福島城）を築き嫡子の信道を入れた。永享二年（1430）には須原に禅院定勝寺を建立し、同六年には信道をして、福島に禅刹興禅寺を創建せしめたとの伝承と事歴を残している。そして、親豊の代における木曽谷全域にわたる領有化は、以後、順調に進んだようで、親豊四代の孫家賢による享徳四年（1455）の定勝寺住持補任状中に、木曽谷全域を象徴的にとらえた表現と考えられる「木曽庄」の文言が使用されていることからうかがわれる。また、このことは木曽氏が木曽谷一円の支配権を把握して、その在地領主制を深化させ国人領主制による支配形態を整えつつあったことうかがわせるものである。
　応仁・文明の大乱中の文明五年（1473）、西軍に属していた美濃国守護土岐成頼の守護代である斎藤妙椿が兵を率いて上洛するという噂がたったとき、当時、東軍の立場にあった将軍足利義政が信濃国守護小笠原政秀らに、成頼の討伐を命じた。さらに松尾小笠原定基にも御教書を出したが、その中には「木曽殿」と協議するように記されている。その後、斎藤妙椿は伊勢に出兵したため、小笠原・木曽の連合軍は東美濃に兵を進め、大井・萩の島の両城を攻め落した。
　この土岐氏征伐にあたって木曽家豊は小笠原氏と行動をともにし、「信濃木曽殿」と称され、守護小笠原氏と同格に認識されていたばかりではなく、将軍家に対して相対的に独立した実態を有する国人領主に成長していたことがうかがわれる。それを裏付けるものとして同七年（1475）の伊勢神宮神役の木曽谷通行を保証した家豊返書案文には「小笠原其外国人等相談」とあって、家豊自ら国人としての意識のもと、交通流通経路などの木曽谷地域に関する現地支配権を把握する国人領主として、その体制を整えていたことが知られる。
　そして家豊が文正元年（1466）に興禅寺に寄進したといわれる梵鐘銘には、「大檀那源朝臣家豊」とあったことが知られる。このことから、木曽氏が源氏を意識するようになり、木曽義仲の子孫であるという考え方を持つようになったのは家豊の時代であったと考えられる。

戦国期の木曽氏

　かくして、家賢と家豊父子の代に国人領主制支配を木曽谷に敷くに至った木曽氏が戦国時代を迎えるのは、家豊の子義元の時代のあたりからで、義元は小笠原氏に攻められた洗馬の三村氏を援けて出陣し小笠原氏に勝利している。その後、永正七年（1510）、飛騨の三木重頼が木曽に侵攻し、義元はみずから兵を率いて王滝城に入り三木勢に対峙した。ところが、王滝城は三木勢の攻撃によって陥落し、三尾に逃れようとするところを三木勢と合戦となり、このときに受けた傷がもとで義元は死去した。
　父義元が戦死したとき、嫡子の義在は十二歳の少年であった。そのため、叔父の義勝が後見となって政務をとった。このため、木曽の諸士は甲州そのほかに出かけて奉公したという。その後、十七歳になった義在は五霊の山に山城を築き、永正十年に将軍足利義稙が六角高頼を討つため近江に出陣したとき、義在も仁科氏とともに出陣し近江国醒ケ井で戦ったという。
　一方、木曽谷の道路改修にも乗り出し、天文二年（1533）には、妻籠から新洗馬までの宿駅を定めた。さらに、美濃国落合から塩尻に抜ける木曽の本道を開いて木曽を通過する旅人を増やし、また、材木の商品化にも努めるなどして経済力を高めていった。このようにして、義在は飛騨の三木氏とは修好関係を築き、いたずらに木曽谷から外に向けての所領拡大を図ることなく、内政の充実と、安定に富んだ政治状況を木曽谷全域に築いたといわれる。
　天文十一年（1542）、内政重視策をとった義在から家督を相続した義康は、家督を継承する以前より父義在とはかって、遠山元忠・千村重綱を林城の小笠原長時のもとに遣わして盟約を結び、諏訪の諏訪氏とも友好関係を築きあげ、木曽氏は北信の村上義清、小笠原・諏訪氏と並んで信濃四大将と称されるまでの勢力に成長したのである。しかし、義康の時代は隣国甲斐の戦国大名武田晴信（のちの信玄）の勃興期とも一致していた。
　晴信は天文十一年から十四年にかけて諏訪頼重、高遠頼継および藤沢頼親らを没落させて、諏訪・伊那方面を制圧し、さらに十七年（1548）には府中の小笠原長時を塩尻峠の合戦に一蹴して、中・南信の大半を軍事経略した。この間、義康は信玄の軍事行動に対して福島城を拠点に防備を固め、翌十八年には信玄の木曽来攻を鳥居峠に迎え撃ち一旦は撃退したものの、同二十四年（1555）春に至って信玄が木曽攻略を本格化すると、ついに義康は信玄に屈服した。
　ところで、木曽氏が発給した文書は何通か残されているが、その多くは寺領安堵などに関わるものであり、領域を統治する知行宛行状、諸役免許状、伝馬手形などはない。このことは、木曽氏に限らず小笠原・村上・諏訪の諸氏も同様で、かれらが領内統治のために出した文書はほとんど残っていない。つまり、木曽氏ら信濃の戦国領主たちは、戦国大名的な領地支配を達成しえないままに武田軍の侵略を受け敗れ去ったのである。
　ちなみに武田晴信は領内統治に関わる文書を二百十七点も出しており、麾下の小山田氏、穴山氏らも領内統治に関する文書を出している。いいかえれば、信濃の諸将は旧い体質から脱皮できないままに、戦国時代に直面したといえよう。

武田氏麾下の有力武将となる

　武田氏に帰服した結果、義康は娘の岩姫を人質として甲府に送り、代わりに信玄の三女を息男義昌の妻女とする縁組を得た。十一月、義康・義昌父子は甲府に赴いて臣従の礼をとり、以後、木曽氏は武田氏の親族衆として厚遇されることになり、木曽谷の領知権は従前通り義康に安堵された。以上のような経緯を経て、武田領国を構成する一支城領主として位置づけられた趣の木曽義康であったが、天文二十年（1551）春に、武田氏のもとから木曽氏に復帰した古畑重家に対して、その旧地を安堵している。この事例から木曽氏は、一定の勢力範囲である木曽谷の領主・新国主としての地位を確保しつつ、ようやく戦国大名化への色彩を強めていく様子をうかがい知ることができる。
　義康の跡を継いだ義昌は、永禄七年（1564）、信玄が飛騨の江馬時盛救援のために出兵を試みた際、宿臣の山村氏を派遣して信玄に加勢した。この飛騨派兵後、しばらくの間小康状態を迎えた木曽谷にあった義昌は、東国の戦国大名の一特徴である印判を捺した知行宛行などの領政文書を家臣に発給して、所領宛行を基礎にした主従制を確立し、領主・新国主としての戦国大名の形容を名実ともに整えて、木曽谷の経営を推し進めていった。こうして、義昌は木曽地域に戦国大名権力を樹立した。
　元亀四年（1573）に信玄が西上作戦の途次死没し、後を嗣いだ勝頼は天正三年（1575）織田・徳川連合軍と戦った「長篠の合戦」に敗北して武田氏が衰勢に傾くと、木曽義昌は独立した大名への道を模索するようになる。そして、天正八年（1580）夏頃、織田信長の誘いに応じて武田氏に離叛した。義昌の武田氏背反に対して勝頼は義昌を攻撃してきたが、義昌は信長の武田討伐策と連携することによって、武田軍を木曽谷に迎え撃った。さらに織田信忠と合流して府中に進出し、武田氏配下の深志城主馬場氏貞を甲斐に没落させる戦功を挙げた。天正十年三月、織田軍の甲斐侵攻によって勝頼が滅亡した後、義昌は諏訪において信長に謁し、木曽谷の当知行安堵のほかに安曇・筑摩両郡の一色宛行を受け、深志城主の地位を得た。
　ところが、義昌が深志に在城してわずか三か月後の六月「本能寺の変」が起こり信長が横死すると、越後上杉氏の援兵を得た小笠原貞種の来攻を受けて、深志退城を余儀なくされ、ふたたび、もとの木曽谷の領主に逼塞せざる得なくなった。木曽に帰った義昌は、徳川家康に音信を通じて盟約を結び、信長の代に得た安曇・筑摩両郡および木曽谷の本領を家康からそのまま安堵され、それらの地の実質的な領国化に専心した。
　天正十二年（1584）春、家康と豊臣秀吉との反目がこうじて「小牧・長久手の役」が生じる前後の段階で、義昌は家康との盟約を反故にして、次子義春を秀吉の人質に入れ秀吉と提携した。その後、家康と秀吉の間に和議が成立し、秀吉は家康に対して関東の差配を委ねるとともに、信濃国諸将の管轄を一任した。これによって、義昌はふたたび家康の麾下に繰り入れられ、戦国大名としての独自的な領国経営も抑圧され、近世的な封建社会の新秩序のなかに組み込まれることになった。

木曽氏ゆかりの地点描
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義仲が旗上げしたという木曽福島の長福禅寺　・興善寺にある木曽義仲の墓　/木曽氏代々の墓所(右）　（2002/08）

木曽氏の没落

　天正十八年（1590）の小田原の陣後、家康は関八州に所替えとなったが、この折、家康傘下の義昌は家康の命のもとに、豊かな山林資源を抱える父祖以来の木曽谷から下総国海上郡阿知戸一万石に移封をみた。この転封によって、多くの譜代の家臣を流浪させるほどに経済的にも逼迫した義昌は、文禄四年（1595）阿知戸城で不遇な晩年を終えたと伝えられる。
　父義昌とともに阿知戸に移住した長子の義利は、叔父の上松義豊との間に不和を生じて、これを殺害するなど粗暴な振る舞いが多く、ために義昌死没後まもなくの慶長五年（1600）頃に、家康は義利を追放して阿知戸を直轄地にした。木曽氏の改易は義利の暴虐もあっただろうが、江戸に近い下総に外様大名が存在することを嫌った徳川氏の政策の結果とも考えられる。
　義利の改易後、義利の母真竜院（信玄の娘）は末子の義通を伴って木曽に帰り黒沢に陰棲した。以後、木曽氏の消息を史料上から知ることはできない。ここに至って、木曽谷を根拠地に戦国大名として覇を唱えた木曽氏は歴史の表舞台から脱落し、歴史の陰に埋没してしまったのである。

【資料：木曾福島町史/戦国大名系譜人名事典 (新人物往来社刊)】

■参考略系図