後北条氏の家紋



 
●三つ鱗(北条鱗)   
  
  

●関氏の紋   

  

●伊勢氏の紋   


 後北条氏は、伊勢長氏(北条早雲)を祖とし、その家紋は「三つ鱗」である。三つ鱗は鎌倉執権家北条氏の家紋であった。自ら北条氏の後裔を称し、北条氏にならって三つ鱗を用いたものである。三つ鱗紋の前は、伊勢氏の紋である「揚羽蝶」を使っていたのだろうか?
 鱗は魚鱗と解する人もいるが、鎌倉執権北条氏の家紋伝説として以下のような話がある。
 むかし、北条時政が江の島弁財天の祠に二十一日間参籠して、子孫の繁栄を祈っていると、その満願の夜の明け方に、緋の袴をはいた気高い女房が現われて、「汝は前世に六十六部の法華経を書写し、六十六ケ国に奉納した。その功徳によって汝の子孫は日本を支配し、栄華を誇ることになろう。しかし、もし非道なことがあれば、たちまち家は滅亡じゃ。よくよく身を慎まねばならぬぞ」と告げて、たちまち二十丈もある大蛇となり、海中に姿を消した。そのあとに残った三枚の鱗を時政は持ち帰って家の紋にしたという。すなわち、北条氏の鱗は「竜の鱗」なのである。
 北条氏の鱗紋には二種ある。ひとつは、宗家で用いるひしゃげた形の三つ鱗(北条鱗)で、もう一つは、正三角形の、三個盛り上がった形の三つ鱗で、こちらは支流が用いた。