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戦国山城を歩く
見事な遺構群と素晴らしい展望─中道子城
中道子城は南北朝時代に赤松氏則によって築かれ、本丸・二の丸・三の丸で構成された東播磨最大の山城として知られる。城攻めのとき、斜面に竹の皮を敷いて敵の攻撃を防いだが逆に火をつけられた、また鯛をかかげて食料があると見せ付けたなどの伝説が残っている。遺構は加古川平野を見下ろす山上にあり、ハイキングコースにも整備され気軽に登れるところで、山上からの眺望は抜群だ。
山頂の本丸の周囲には土塁が取り巻き、本丸入り口左手にある米倉址も高い土塁で囲まれ、内側には石垣が積み上げられている。南方の二の丸には大手門と櫓門が設けられ、大手門は発掘調査により四脚門の構えを持った城址最大の門であった。また、櫓門は本丸への通路二ヶ所に設けられていた。西方の搦め手を守る三の丸は裏門址の石垣が残り、西方の尾根は二重の堀切で切断されている。本丸と三の丸との間に位置するる井戸曲輪には、いまも井戸が残り水を湧かしている。いまに残る城址は、戦国時代の大永年間(1521〜27)に一帯を領していた孝橋氏によって築かれたもので、中世から近世へと移り変わる過渡期の姿を好く残している。
・城址案内板の縄張図
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