亀山城はJR御坊駅北方すぐの山上にかつてあった山城で、熊野から興った湯川氏が、戦国時代に拠った城址である。湯川氏は有田・日高・牟婁郡の主要部を支配し、室町幕府の奉公衆として京に出仕、また紀伊守護畠山氏に属して近畿内各地に兵を発した。室町幕府体制が瓦解したのちは、近隣の玉置氏らと野関係を深めつつ、亀山城を本拠に紀伊の戦国大名へと成長していった。湯川氏は亀山城を詰めの城とし、現在、湯川子安神社が鎮座している地に小松原館を築いていた。小松原館には連歌師の宗祇をはじめ都人が訪れ、歌仙堂というゆかしい地名も遺っている。天正十三年、豊臣秀吉が紀伊に兵を進めてくると、湯川直春は敢然と秀吉軍に抗し、敗れて亀山城は落ち湯川氏嫡流は没落した。
● 亀山城址を望む ・城址への案内板(随所に立てられている)・一族の方が建立された供養碑
・四の曲輪に ・一の曲輪にたどり着く
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