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兵庫県在住という高河原氏からのメールによれば、古座町文化財委員会発刊の『古座史談』に、大坂に於ける石山本願寺の法難に際し、高河原氏等は門主顕如上人に加勢して信長と戦ったとあり、本願寺より高河原・小山氏に礼状と樽二つを送られたと言う文書が残っているとのこと。また、高河原氏が摂津守に任じられたのは、織田信長の家臣滝川伊予守に属した軍功によりというのは間違いという。すなわち、文献等に元中九年(1392=明徳三年)、南帝が京に還御したとき高河原摂津守等八荘司が従ったとあることから、南北朝時代に南帝摂津守を賜ったものと考えられるという。さらに、高河原氏は「丸に三つ柏』を用いられれ、その他「丸に橘」「丸に扇」「丸におもだか」など、それぞれの高河原氏が使用する家紋はばらばらとのこと。
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