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戦国山城を歩く
西摂最大の城址、瀧山城
瀧山城は神戸市の中心部を流れる生田川の右岸にそびえる標高323メートルの通称城山の山上に築かれた城で、ちょうど新幹線
新神戸駅の裏側に城址の大手口がある。
を東は生田川の布引谷、西は北野谷という深い谷にはさまれた天然の要害で、
山上からは大阪湾が眼下に見下ろせ摂津国と播磨国の境を押える要衝の地にある。史上に現れるのは南北朝時代、赤松円心が
拠ったときである。戦国時代、松永久秀が城主のとき、現在の姿に整備されたものと考えられている。
登り口から尾根筋に40を越える曲輪群が配され、土塁、堀切、石垣、山上曲輪群の切岸など保存状態は良好である。城址全体としては曲輪が
コの字状を形作り、最西端に主郭輪が配され、主郭直下には二重の堀切と土橋が設けられ、続く西尾根の曲輪、そのさらに西方の
尾根を掘切と土橋で断ち切っている。特徴的なのは大手から続く尾根曲輪群と、山上の主郭を中心とした曲輪群とが
大きな堀切で二分されていることである。それにより、城の防御はより堅固なものとなっている。さらに、北西の再度山には
瀧山城の搦め手を押える役割を担った多々部城址があり、両城が連携しあって壮大な城郭群を形成している。
・主郭西方の最上段に立つ城址碑
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城址へ(右石段が大手登り口) 布引の雄滝 かずら橋からの登山道 最初の出曲輪 大手道との合流点にある出曲輪
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中曲輪群へ 切岸に残る石垣跡 城址最大の土塁 北方に切られた竪堀 北曲輪群の切岸
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中曲輪の堀切道 城址最大の堀切 曲輪群を縫って主郭へ 広い曲輪が連続する 主郭を見上げる |
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主郭西側の高台 主郭西下の堀切と西曲輪の切岸 城址最西端の堀切と土橋 主郭に戻る 主郭南東曲輪群の土塁
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東曲輪群の石垣跡 段状に築かれた曲輪群 十分な高さの切岸と曲輪 大手道を下る 下り尾根の随所に築かれた曲輪
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戦場を疾駆する戦国武将の旗印には、家の紋が据えられていた。
その紋には、どのような由来があったのだろうか…!?。
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日本各地に割拠した群雄たちが覇を競いあった戦国時代、
小さな抗争はやがて全国統一への戦いへと連鎖していった。
その足跡を各地の戦国史から探る…
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丹波
・播磨
・備前/備中/美作
・鎮西
・常陸
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どこの家にもある家紋。家紋にはいったい、
どのような意味が隠されているのでしょうか。
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| ……
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