二見氏
不詳
(清和源氏宇野氏流?) |
|
二見氏は、宇智郡豊井荘の二見郷(現五條市二見)を本拠とした清和源氏の子孫である。南北朝期には南朝に属して戦ったが、南北朝合一後は興福寺一乗院門跡の坊人となって国民に列した。
応仁、文明の乱では畠山義就方に属して河内に出陣し、天文元年(1532)には河内守護代木沢長政に属し、宇智勢を率いて出陣した。そののち三好康長の配下となったが織田信長の畿内進出によって雌伏を余儀なくされ、高野山勢力と結んで織田方の坂合部城を攻略したりした。
●お薦めページ:気分は国人
【資料:奈良県史=大和武士 ほか】
■参考略系図
|
|