志水氏
菊輪に巴
(村上源氏赤松氏流)
    
 赤松円心入道則村の四男氏則の子範正が清水兵部を称したことに始まる。氏範は父円心をはじめ、兄範資・貞範・則祐らが、後醍醐天皇に反した足利尊氏方に転じた後も、弟の氏康とともに南朝方に尽くした。
 氏範一族は、至徳三年九月、播州清水寺に挙兵するも敗れて、ことごとく討死した、範正の子正衡は志水隼人を称した。以後嫡流は清水を称し、庶流家として嘉吉の乱に武功をあげた小松兵庫、戦国時代の三木城合戦で活躍した加古源右衛門らが出た。

■略系図